荘子の哲学を生きる 九万里を分母に
ISBN:9784863871120、本体価格:1,200円
日本図書コード分類:C0037(一般/単行本/社会科学/教育)
210頁、寸法:128×183×12mm、重量241g
発刊:2020/03
【内容紹介】
高校で国語を教えることになってはや三十余年。
定年退職まであと一年となりました。よくここまで来られたなとしみじみ感慨にふけっています。
多くの人にお世話になりました。歴代の校長先生をはじめ、諸先生方はもちろんのこと、出会った生徒、毎年二百人くらいには出会うわけですから、それこそ数えきれない生徒に、たくさん、たくさんお世話になりました。これまでお世話になった方々に本当に感謝、感謝の言葉あるのみです。
ところでもう一つ、教員生活三十有余年、なんとかここまでやって来られたのは、やはり『荘子』という書物のおかげだろうと思っています。古典には人を動かす力があり、古典を読むことに意味があるとすれば、私にとってのそれはこの『荘子』でした。授業をどうしよう、この生徒にどう向き合おう、この仕事がうまくいかないんだけど、そんな困った時、悩んだ時、どうしようもなく腹が立った時には、この『荘子』をひもとくと、そこに明確な答えが書かれているわけではありませんが、なにかしら気持ちが落ち着き、次に進むことができたのです。そうやってこの三十年、過ごしてきたように思います。
「九万里を分母にする」。これは『荘子』冒頭、逍遥遊篇の大鵬飛翔の中にある話です。「九万里」とは無限大。その無限大を分母にすると、たとえ一であっても千であっても、すべてが等しいことになります。教員と生徒、高校の中でははっきりと立場が分かれます。片方は指導者であり、教える人間で、もう片方は教わる人間です。でも無限大を分母にする、つまり、社会の中の一員とか、一人の人間であるとか、そういう尺度でとらえなおすと、不思議なことにこの教員と生徒という関係が別のものに見えてくるのです。教員と生徒とが等しくなる場、それを考える、または考えようとすることで、困難を克服することができたと思います。
「九万里を分母にする」。自分の今置かれている状況を見直すのに『荘子』の哲学が大いに役立ったように思います。仕事上、何かしら行き詰って困った時、生徒のことで立ち行かなくなった時、実はそんな時には何かしら自分だけのこだわりがあって、 そこから抜き出せなくなっている状態だったように思います。自分で勝手に範囲を区切ってしまって、その型のなかで苦しんでいたのではないか。その区切りを取っ払ってしまうか、またはその範囲を少し広げるだけで解決がつく、そうしたことも『荘子』の哲学から教わったように思います。
教員生活が終わりに近づくにつれ、お世話になった『荘子』について何か書き残しておきたいという気持ちが強くなっていきました。少しかっこよく言えば、『荘子』という古典を自分自身のキャリア形成のなかでどう活用したか、ということですが、高校の教員である私が『荘子』について何かを書くとすれば、『荘子』の哲学が毎日の教員生活にどう関わり、どう役立ったかを書くほかありません。
幸い『荘子』の中には対話や寓話が多く、それらを通じて荘子自身が自らの哲学を述べているケースがたくさんあります。私もそれをまねてみることにしました。あわよくば自分の後輩にその哲学を伝えることが出来れば、そう思っていたので、対話の相手には私の後輩に登場してもらいました。何年か前に初任者研修の指導を担当したのが縁で、その後も交流のある松村朋子先生です。彼女は現在県立盲学校に勤務していますが、かつては同じ学校に勤務し、授業や生徒のことで多くのことを語り合った仲です。二人の対話という形をとり、その中にこれまでかかわった多くの生徒に登場してもらいました。ただ『荘子』でもそうなのでしょうけど、二人の対話はすべて北原の創作です。ですから本書の文責はすべて北原にあります。
『荘子』は語源の宝庫でもあります。ですから本篇で取り上げた「朝三暮四」や「庖丁」、「明鏡止水」や「莫逆の友」「機械」等以外でも、語源だけを扱った「語源コラム」もいくつか書きました。現存する中国の古典で『荘子』が古い部類に入るから、当然と言えば当然なのですが、それよりも多くの人がこの『荘子』を心の拠り所にしたからこそ、それも時代を超えて繰り返し繰り返し『荘子』をひもとく人がいたからこそ、「語源」となる言葉が豊富なのではないでしょうか。
それではしばし、高校教師二人の対話で進める『荘子』の哲学のお話にお付き合いください。
【目次】
まえがき
第一話 大鵬飛翔
第二話 無用の用
第三話 人籟 地籟 天籟
〔語源コラム 宇宙〕
第四話 ハンセン病
第五話 朝三暮四
第六話 影
第七話 胡蝶
第八話 庖丁の話
第九話 赤ちゃんのように
〔語源コラム 心斎〕
第十話明鏡止水
〔語源コラム 虚往実帰〕
第十一話 莫逆の友
〔語源コラム 坐禅〕
第十二話 渾沌
〔語源コラム 渾沌〕
第十三話 機械
第十四話 車大工のお話
第十五話 井の中の蛙大海を知らず
第十六話木鶏(木彫りの鶏)
第十七話 栗林
〔語源コラム 呑舟〕
第十八話 左官の名人と大工の名人
〔語源コラム 蝸牛角上の争い〕
第十九話 無用の用 その二
〔語源コラム 小説〕
第二十話 轍鮒の急
あとがき
【著者紹介】
〔著者〕
北原 峰樹