「わたし」が変わる「ものがたり」の学び 語り合い、探求する中で、「自己に引きつけた語り」を生み出すカリキュラムの提案
ISBN:9784863871168、本体価格:1,500円
日本図書コード分類:C3037(専門/単行本/社会科学/教育)
352頁、寸法:210×283×19mm、重量910g
発刊:2020/06
【まえがき】
今年も雨の季節となりました。まもなく太陽のまぶしい夏の季節を迎えます。皆様方におかれましては、お忙しい中、本校の教育研究発表会にご参加頂き、心より御礼申し上げます。
本校では、長年にわたり、「ものがたり」をキーワードとして、「学ぶこと」と「生きること」をつなぐ試みに教員一同取り組んできました。「ものがたり」とは、最近、社会学や教育学において注目されている、当事者の語りを通して、よりその人に合った問題の解決法を見いだそうとするNarrative approachの核をなすものです。「ものがたり」は、人が語るという行為そのものと語られたものの双方から構成されます。本校では、この「ものがたり」がもつ力を授業に活かすことを通じて、生涯学ぶことをつづけようとする強い意志をもった生徒を育成することをめざし、さまざまな取り組みを行ってきました。具体的には、個の文脈から新たな「ものがたり」が生まれてくる単元の構成と問いについて検討するとともに、生徒自身が人の話を建設的・批判的に聴き、かつ問うことができるよう、教師が生徒との関わり方を追求するという流れで教育実践を進めて参りました。本年度は、これまでの試みをさらに深め、「自己に引きつけた語り」を生みだすカリキュラムを構築することがテーマです。このテーマに迫るために、単元構成や問い、振り返り、教師のかかわり方などを検討してきました。まだまだ至らぬ点があるかと存じますが、ご参加の皆様方からご指導・ご助言を賜り、さらに分析、実践を深めて参りたいと考えております。どうぞ、忌憚のないご意見をお聞かせ願えれば幸いです。
本日、ご講演を頂きます、上智大学総合人間科学部の奈須正裕先生には、ご多忙な中、快く講演依頼をお受け頂きありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。「新学習指導要領が実現したもの、積み残したもの」に関してお話し頂けますことは、本校の今後の教育研究の前進に向け、重要な指針となります。
最後になりましたが、本教育研究発表会の開催にあたり、多大なご支援を賜りました、香川県教育委員会、坂出市教育委員会、宇多津町教育委員会、綾川町教育委員会、香川県中学校長会、坂出市中学校長会、綾歌郡中学校長会、香川県中学校教育研究会、坂出・綾歌中学校教育研究会、ならびに関係各位に厚く御礼申し上げます。
令和2年6月12日 香川大学教育学部附属坂出中学校 校長 平 篤志
【あとがき】
子どもたちが「学ぶ意味や価値」を実感するには、授業をどのように変えていけばよいのか。
その答えは、決して簡単なものではありません。
本校では、その答えを見いだすために、長年にわたり「ものがたり」の授業づくりの研究を進めてまいりました。この「ものがたり」の授業づくりは、子どもたちが変わりゆく社会を生きつつ、うまく自己更新しながら学び続けようとする「人の学びづくり」の本質に迫ろうとするものです。特に授業においては、自分をとりまく世界とのつながりを感じさせるとともに、その見方や考え方が変わっていくことを実感させていこうとしています。この学びを通して自分自身が変わっていく経験の積み重ねこそが、学ぶことの意味や価値を実感し、生涯にわたって学び続ける自立した学習者につながっていくものと考えています。そして、現在、私たちがたどり着こうとしているところが、「自己に引きつけた語り」を生み出す授業を構築させていくことです。ここに迫るために、単元構成や問い、振り返り、教師の関わり方など、各教科の特色に応じた工夫を試みてまいりました。
また、共創型探究学習CANにおいては、文部科学省研究開発学校の指定を受けて3年目となります。各学年1~2名の小集団を編成し、自ら設定した課題の解決に向けて探究プロセスを模索しながら活動を進めていく。子どもたちは、経験が異なる異学年集団に属して活動することで、経験豊富な者から様々なことを自ら学び取り、「見習い→弟子→師匠」のように成長していく。まさに、自己の生き方につながる内省化をねらっています。
ご参会の先生方には、
・授業をどう変えようとしているのか。その意図が明確になっているのか。(意図)
・子どもたちの実際の様子はどうなのか。教師の仕掛けは、効果的に働いているのか。(実際)
・何のために、何をどのようにすると、どうなったのか。変容分析はできているのか。(分析)
など、様々な視点で本研究発表会での授業を拝見していただければ幸いです。そして、まだまだ研究半ばであるため、今後の研究の発展に向けた忌憚のないご意見をいただければ幸いです。
研究の過程では、上智大学総合人間科学部教育学科の奈須正裕先生には、多くのご示唆をいただきました。本研究発表会においても「新学習指導要領が実現したもの、積み残したもの」と題してご講演をいただきます。今後の授業づくりに向けて多くの気づきが得られると期待しております。
最後になりましたが、本研究を進めるにあたり、ご指導・ご助言をいただきました関係各位、機関の先生方に心より感謝の意を表したいと存じます。
令和2年6月 副校長 石川 恭広
【目次】
●まえがき(香川大学教育学部附属坂出中学校 校長 平 篤志)
●総論
研究主題
Ⅰ 研究主題について
Ⅱ 今期の研究の視点
1 研究の目的と研究構想図
2 研究の内容
(1)「ものがたりの授業」づくり
(2)共創型探究学習CANの取り組み
(3)共創型探究学習シャトルの取り組み
(4)「特別の教科道徳」および特別活動における取り組み
Ⅲ 主な成果と今後の研究の方向性
●各教科及び学校保健提案・指導案
国語 言語による認識の力をつけ、豊かな言語文化を育む国語教室の創造-自己理解を促し、言葉の価値を実感する国語科授業のあり方-(田村 恭子・木村 香織)
社会 これからの社会のあり方を自ら考える 民主社会の形成者の育成をめざした社会科学習のあり方-「探究的な学びの過程」を通して「今・ここ」を相対化し「社会的自己」を捉え直す-(大和田 俊・大西 正芳)
数学 「数学的な見方・考え方」が豊かな生徒の育成-数学的活動を意識した授業から生まれる「ものがたり」を通して-(渡辺 宏司・吉田 真人)
理科 自然事象から問いを見いだし、自ら探究できる生徒の育成-科学する共同体の中でつむがれる「ものがたり」を通して-(鷲辺 章宏・山下 慎平・島根 雅史)
音楽 音や音楽の意味を見いだし、音楽との関わりを深める学習のあり方-音楽観の捉え直しや変容からつむがれる「ものがたり」を通して-(堀田 真央)
美術 創造活動の喜びを見いだす美術の学び-仲間と深め合う創造活動を通して新たな見方・感じ方を獲得する授業の提案-(渡邊 洋往)
保健体育 運動・スポーツの面白さに浸り、豊かなスポーツライフの実現へつなぐ保健体育学習-運動・スポーツの本質を問い続ける共同体づくりを通して-(石川 敦子・德永 貴仁)
技術・家庭「生活に始まり、生活に返る」実践力を育む技術・家庭科教育-生活を語り合い、実践することで生まれる「ものがたり」を通して-(渡邉 広規・大西 昌代)
外国語 コミュニケーションへの意欲を高める英語授業の創造-主体的な言語活動から生まれる「ものがたり」を通して-(眞鍋 容子・黒田 健太)
学校保健 人間性豊かで心身ともにたくましい子供の育成をめざして-「他者と関わる力」を育む養護教諭の関わり-(日本 亜矢)
●共創型探究学習CAN
●共創型探究学習シャトル
●講演
演題 新学習指導要領が実現したもの、積み残したもの
講師 上智大学総合人間科学部 教授 奈須 正裕
●あとがき(副校長 石川 恭広)
【著者紹介】
〔編集者〕
香川大学教育学部附属坂出中学校
〔監著者〕
平 篤志
石川 恭広
〔編著者〕
大和田 俊
山田 真也
鷲辺 章宏
渡辺 宏司
渡邊 洋往
眞鍋 容子
木村 香織
堀田 真央
大西 正芳
吉田 真人
島根 雅史
黒田 健太
大西 昌代
〔著者〕
田村 恭子
山下 慎平
石川 敦子
德永 貴仁
渡邉 広規
日本 亜矢
奈須 正裕
【本校研究の基盤となっている主な理論】
〔社会構成主義〕
現実の社会現象や、社会に存在する事実や実態、意味とは、すべて人々の頭の中でつくり上げられたものであり、それを離れては存在しないとする社会学の立場。学習とは、外から来る知識の受容と蓄積ではなく、学習者自らの中に知識を精緻化し(再)構築する過程であるとする。
社会構成主義の学習観は、次の3点を前提にしている。
① 学習とは、学習者自身が知識を構成していく過程である。
② 知識は状況に依存している。そして、おかれている状況の中で知識を活用することに意味がある。
③ 学習は共同体の中での相互作用を通じて行われる。
このような前提により、学習者は受け身的な存在ではなく、積極的に意味を見つけ出すために主体的に世界とかかわる存在になる。一方、教師は学習者を支援する役割を担うが、学習者にとっては多くのリソースの一つと見なされる。
〔正統的周辺参加論〕
学習というものを「実践の共同体への周辺的参加から十全的参加(fullparticipation)へ向けて、成員としてアイデンティティを形成する過程」としてとらえる。
学習者が獲得するのは環境についての認知的構造ではなく、環境の中での振る舞い方(状況的学習)であり、実践コミュニティに新参者として周辺的に参加し、次第にコミュニティ内で重要な役割や仕事を担っていくプロセスそのものが学習であるとする。
〔ナラティヴ・アプローチ〕
ナラティヴ(語り、物語)という概念を手がかりにして何らかの現象に迫る方法。
「語り」も「物語」も単なる出来事だけでできあがっているのではなく、その時の「思い」や「感情」なども語られるが、「思い」や「感情」だけでは「物語」は成立せず、出来事があってはじめてその時の「思い」や「感情」が意味をもつ。複数の出来事の連鎖、すなわち、複数の出来事を時間軸上に並べてその順序関係を示すことが、ナラティヴの基本的な特徴である。学習論としては、「我々はそれぞれの経験に沿って自らが生成した物語に意味がある」ことを前提とする。
〔認知的個性(CI)〕
さまざまな認知的な能力やスタイルなどの個人差を包括的にとらえ直す個性の新たな概念。学習において、個人のもつ障害や才能も含めて多様な認知発達的特徴・個人差を、「認知的個性」(CI:CognitiveIndividuality)という包括的な概念でとらえ直すことで、児童生徒の認知的個性を識別して、学習を個性化する方策を探ろうとする。