瀬戸内の島と湊 歴史探訪
ISBN:9784863871588、本体価格:1,800円
日本図書コード分類:C1025(教養/単行本/歴史地理/地理)
119頁、寸法:181×257×8mm、重量352g
発刊:2022/01
【はしがき】
近年テレビでは、日本人の歴史好きを反映するかのように的を絞って、興味ありそうな歴史上の人物や事件を取り上げ、放映しているものが多く目に付く。そこで語られている歴史はそれがすべてではない。表面には現れず、長い時間の中で埋もれてしまった出来事や、名も無い多くの人々が存在した。もう少し視点を変えて歴史を見直してもいいのでは、と特に強く感じている昨今だ。
そこで今回は、地域に埋もれていたかも知れない、島と港にスポットを当てて、そこからその地域の歴史を復元してみようと試みた。大小多くの島々が点在し、我が国最初の国立公園に指定された景観豊かな瀬戸内海は、毎年多くの観光客の目を楽しませてくれる。本州と四国を結ぶ橋が三本も架かり非常に便利になったが、それまでは連絡船やフェリーボートを利用して渡るしか方法はなかった。いわゆる船を利用しなければ生活ができない日々であった。架橋時代を迎えて人々の生活が豊かになったかといえば、必ずそうとは言い切れない面が多分にある。
瀬戸内海は原始古代の時代より、西国と畿内を結ぶ海の大動脈として、多くの物資や人が往来していた。海の時代と呼ばれた中世、全国に名を知らしめた近世の廻船など、それは瀬戸内海との関わりから生み出されたものである。瀬戸内海地域には、漁労・製塩・水運など海に携わる多くの人々が存在し、活発な活動を行い旺盛な生活力を持っていた。そこでは船を利用して、新たな技術や文化・信仰が各地へ広がっていく。それを受け入れた人々は、新たな生活様式を生み出していくのである。
島は不便な地域と思われがちだが、それは島外で生活している現代人の身勝手な考え方に過ぎない。船は海を利用してどこへでも移動できる便利なものである。そのため島にはその島独自の歴史的文化が生まれ、現代にいきずいている。また、その船が係留するために各地に港が開かれ、多くの人々が集住する。そこには政治・経済・文化などあらゆるものによって新たな町並が形成されていった。今に残る港町はその時代に誕生したのである。
我々は便利さを追求したがために、古き時代の良さを年々失い続けているように感じる。その古き時代を今一度訪ね、中近世の瀬戸内海地域の様相を垣間見てみたい。瀬戸内海に浮かぶ島々と、海を取り巻く周辺の港を舞台として、その地域の自然的景観と歴史的過程、またそこに住した人々の生活様式を見つめ直していきたい。そして、そこから現代に生きる我々のこれからの生き様を考えてみたい。瀬戸内海の島で生まれ育った筆者は、常に島への愛着を持っている。当初は、住する讃岐だけの予定であったが、讃岐と深い関わりを持つ瀬戸内周辺地域を取り上げることとした。
さぁ、それでは新たな歴史発見の旅に出立しよう。
【あとがき】
今から20年程前、ある歴史出版社から広報誌へのコラム原稿の依頼があった。「港の文化誌」となづけられたジャンルでの瀬戸内海の港についての執筆要望であった。『香川県史』の編纂に関わる中で、海を県史の目玉にしたいといって執筆したため、この企画が持ち込まれたのであろう。引き受けるにあたり、一つの港を何回にもわたって書くのではなく、瀬戸内海に所在する港を巡り1回完結の方法を採るようにした。讃岐の港を5回にわたって執筆し、伊予の友人が伊予の港を5回、計10回で瀬戸内の港シリーズとした。このことは常に海からの視点で、讃岐の歴史の再構築を考えるいい機会となった。
その後大学で教壇に立つ機会を得たが、「地域史研究」の講義で、海を視点とした内容の講義をおこなった。そこでは讃岐の島と湊を中心にしながら、他地域へと範囲を拡大し、瀬戸内海をどう見るかを考えさせるようにした。その間に、小豆島で古文書調査と石丁場調査をする機会があり、いやがおうにも島を中心に据えた研究が深まるのであった。学生と一緒におこなった二つの調査だが、学生たちは地域(小豆島)の歴史や文化を学ぶ機会を持ち、それはやがて学生主体の展覧会開催へと繋がっていく。これらのことから、地域との連携を図り、地域の埋もれた歴史文化を調査研究して、地域へ還元することが大切だと教えられた。
一方、六年前にNHK文化センター高松からカルチャー教室の講師依頼が来た。歴史分野を開発したいとのことであり、1年間の約束で引き受けた。講座は瀬戸内海の島をテーマとして設定、1年が2年に3年になるにつれて、島から港へと、讃岐から瀬戸内海一帯へと、内容は広がりをみせるようになった。多くの質問を受けながらも、受講生と語り合う楽しさをもった講座であり、今も継続している。
今年3月、10年余勤めた徳島文理大学を退職した。退職を区切りにして何かをまとめたいと考えていた。以前から「瀬戸内海をテーマにして何かまとめてはどうか」といわれていたこともあり、そこで大学での地域史研究の講義とカルチャーセンターでの講座内容を集約することとし、本書を作成したのである。
近年いわれている「地域からの発信」は、まさに瀬戸内海という地域を中核として、そこに息づく歴史文化を後世にどのように継承・発展していくかが問われているものといえる。10数年前にある全国学会で、「地域からの発信、地域に根ざした取り組みが重要」との提言があった。今一度そのことを再確認してみたい。地方で曲がりなりにも歴史を学び教えている者として、今何が出来るか、そして未来に向けて何が発信できるかが問われているように思えてならない。
ここ10年間で培った「地域に根ざした取り組み」を本書に表したつもりである。読者の理解を深めるため、図版を多くした。図版の大半は、地域に足を運んだ際に撮影したものである。本書を片手に瀬戸内の島と港を訪ね、それぞれの地域の歴史文化を体感して欲しいと願う。
なお、参考文献は多岐にわたるため割愛した。了承されたし。また、本書の出版にあたり多くの方々にお世話になった。ご協力くださった関係者各位と、出版を引き受けてくださった美巧社の方々には深く感謝の意を表す。
【目次】
はしがき
朱印状の島(塩飽)
古絵図に描かれた二つの国に属する島(小豆島)
上方・江戸と石で結ばれた島(小豆島)
屋根の形をした島(屋島)
転換する瀬戸内海運(粟島・志々島)
伝説の島を巡る(直島・雌雄島・伊吹島)
大坂城の石垣をささえた石の島(塩飽諸島・犬島・前島)
村上海賊衆の島(能島・来島・因島)
近代建築を支えた石の島(北木島)
国宝と信仰の島(大三島)
寺々が並び立つ湊(宇多津)
神人の浦(仁尾)
神社と一体となった湊町(観音寺)
金毘羅参詣と鉄道拠点の湊(多度津)
こんぴら参詣の湊(丸亀)
屏風図から見る湊と城下(高松)
伝承の残る浦(志度)
砂糖の積出しで栄えた東讃の湊(津田・鶴羽・三本松)
城山を望む湊(引田)
渡船が結ぶ城と湊(三津)
古(いにしえ)からの阿波の湊(土佐泊・撫養)
権力抗争の舞台となった湊(岩屋)
四国への渡海の湊(下津井)
朝鮮通信使が立ち寄った湊(牛窓)
坂道と映画の舞台になった湊町(尾道)
日東第一形勝の浦(鞆)
参勤交代上陸の湊(播磨室津)
あとがき
協力者一覧
【著者紹介】
〔著者〕
橋詰 茂