遍路国往還記 復刻版
ISBN:9784863871946、本体価格:1,800円
日本図書コード分類:C0023(一般/単行本/歴史地理/伝記)
334頁、寸法:128×188×20mm、重量346g
発刊:2024/08
【あとがき】
四国は、実は岩手県と同じくらいの広さで、とても四つも国が集まっているとはいえない島国だが、日本列島の中で特異な大きさを持っている島である。
それは、四国が〝死国〟であり、そこへ行って死にたい場所であり、さらに重要なのは、そこで再び蘇生したい〝再生〟の場所でもあるからだろう。
平たくいえば、〝遍路の国〟となってしまうが、四国を往来する人びとは、命ぎりぎりの往還ぶりを見せている。
〝都〟をのぞけば、四国ほど往還の多い地はないという不思議は、四国が〝生と死〟の、いいかえれば、〝往生と転生〟の地であったからだろう。
四つの国、愛媛(伊予)、香川(讃岐)、徳島(阿波)、高知(土佐)を平均にとりあげて、〝百の往還〟にまとめてみた。実は朝日新聞の四国版の週1回の連載で、第1回が1991年1月3日であったので、ジョン万次郎からはじまった。万次郎が郷里の港から出港したのが1月3日だったからである。(1993年4月23日まで連載)
往還する人びとの中には詩人が多いのに驚いた。四国は〝詩国〟といわれているのも、あながち当て字だけの遊びではないようだ。
それにしても、何億人の名もなき人びとが、死と再生を願って四国を往還したかしれない。いや、何十億人か、数えようもない。ほんとうは、名もなき人びとの、命ぎりぎりの往来こそ書かねばならない往還記だろうが、それはまた別の機会にゆずるしかない。
私は四国の遍路みちに面した家に生まれ育ったけれど、あの場所こそは生死(しょうじ) の花の降りそそぐ修羅の道辺であったと、今つくづくと思いかえされるのである。
1993年暮れ 早坂 暁
【「遍路国往還記 復刻版」発刊によせて】
来年は、「昭和100年」に当たる。昭和の真っ只中にこの世に生を受けた私は、知らず知らずのうちにその時代の空気感と景色を心身に沁み込ませながら時を過ごしてきた。昭和の歩みは、戦後復興と近代化に取り組む中にあって、我が国古来の風土や精霊信仰の尊さを忘れることなく、「義理」や「人情」が人々の心の奥底に宿る良き時代であった。そうした昭和期も、デジタル化の潮流が浸透しはじめ、人々の心のふれあいが薄まる中で、経済バブルの崩壊とともに幕を閉じた。あれから30年余、遥か遠くになりにけりの感があり、寂しい思いが募る。
愛媛県北条町(当時)ご出身の早坂暁氏の筆によるこの「遍路国往還記」は、平成に元号が変わった直後から朝日新聞に連載され、書籍化されたとお聞きした。一昨年だったか、私は、今回、本書の復刻を発案されたセーラー広告㈱社長の村上義憲氏から、早坂氏ともども同郷のご縁もあって、本書(原版)を贈呈いただき、初めて拝読させていただいた。
仏教用語に「四苦八苦」という言葉がある。「四苦」は「生」「老」「病」「死」の四つの苦しみであり、「八苦」とともに、謂わば人生は苦労に苦労を重ねて生き抜くものといったことを教える。この遍路国往還記には、百篇の「人生」が、四国を舞台に簡潔かつ見事な筆致で描かれている。有り様は千差万別なれど、いずれの「人生」も苦難に立ち向かうものである。
そして、苦難に遭遇する都度に出会う人々の義理や人情に支えられ助けられて乗り越えていく。その姿に、清々しさと懸命に生きることの大切さを思い起こさせてくれる。
私事ながら、私の名前は、父が「池田勇人氏」から拝借して名付けたらしい。そうしたこともあり、村上社長から本書を頂戴し、最初に目を通したのは池田氏の闘病記であった。氏がそうした苦難を体験されたことなど全く知らなかった。また、百篇の登場人物には、お名前も知らなかった方も少なくなく、とても新鮮な出会いをさせていただく機会となった。
本書のタイトルは、四国遍路の巡礼記を連想させるが、遍路を直接描いたものではない。四国遍路の特徴・価値は、「円環」「再生」「共生」にあると言われる。本書は、どの逸話から読んでもよい円環形式により、周囲の人々の助けを借りながら再生していこうとする姿を描き出しており、読後にはお遍路巡りを成し遂げた充実感を味わえる設えになっている。
目まぐるしく移り変わる現代社会にあって、本書は心穏やかに日々を送っていくうえで打って付けの教本であり、復刻版出版に際して多大なるご尽力をされた村上社長に深く敬意を表させていただきたい。多くの皆さまが本書を手元に置かれ、これからの人生の節目節目において読み返していただくことを是非ともお薦めしたい。
2024年6月 四国経済連合会 佐伯 勇人
【目次】
ジョン万次郎 日本の鎖国の扉を叩いた一漁師
夏目漱石 松山には子規という文学の産婆がいた
尾崎放哉 漂泊の俳人、小豆島に果てる
モラエス 女性を愛し徳島の土となるポルトガル詩人
平賀源内 田舎天才から江戸の〝ミケランジェロ〟へ
正岡子規 病床で泣き叫びながら俳句革命
坂本龍馬 姉は命かけて、弟を脱藩させた
薩摩治郎八 六百億円を蕩尽したバロン、徳島に眠る
二宮忠八 ライト兄弟より早く、夢の翼を飛ばす
おらんだ・おイネ 長崎の混血児は女医となった
岩崎弥太郎 〝経済の龍馬〟となった男
市川団蔵 遍路みちを花道にした歌舞伎役者
獅子文六 戦犯追及を恐れて逃亡、「てんやわんや」
紀 貫之 女のふりして赴任地で「土佐日記」
賀川豊彦 〝死線を越えて〟、人間天皇に教える
壺井 栄 手紙懐に「二十四の瞳」の島から飛ぶ
聖徳太子 道後温泉でねった政治改革への道
美空ひばり 九死に一生、樹齢二千年の大杉に祈る
冨士茂子 〝徳島ラジオ商殺し〟、勝ちとった無実
空 海 大魚となり帰郷、遍路のみちを開く
山下亀三郎 〝泥亀〟商法で成金、耳学問の海運王
牧野富太郎 〝花は愛人、植物と心中〟の九十五年
天狗 久 七十年座り、千個の頭を彫った人形師
姜 沆 虜囚の身で不屈、日本儒学に貢献
上林 暁 苦難の果ての私小説、動かぬ手で絶筆
ディック・ミネ 戦中戦後をプレイしたジャズ歌手
塩原太助 金毘羅参りの丸亀港に大灯籠寄付
山 頭 火 漂泊のはてに伊予が一番と、松山に死す
寺田寅彦 二人の師に学び物理学と芸術に開花
蜂須賀家政 度胸の殿がいまに残せし阿波の盆踊り
瀬山 登 丸亀藩の存立へ、うちわ作りと幕府工作
一 遍 列島を踊り回り、日本人の心を解放
吉井 勇 傷心の旅のはて、土佐・猪野沢に隠棲
曽我廼家五九郎 政治青年が〝ノンキな父さん〟で喜劇王に
西 行 崇徳院の鎮魂へ、無常の思い込め歌よむ
伊丹万作 挿絵画家からおでん屋、旅役者から映画界へ
大町桂月 名を桂浜の月にちなみ、酒と逆境で美文磨く
海野十三 敗戦日記克明に、核の恐怖もSFで予言
宮武外骨 入獄四回発禁十四回、反骨のジャーナリスト
高浜虚子 悠々たる大平凡、幼いころの俳句原風景
絵 金 夏祭りの夜、妖しく蘇る〝おどろ〟の芝居絵
吉川英治 友人のすすめで出世作の「鳴門秘帖」
笠置シヅ子 形見の子に乳を与えながら「東京ブギウギ」
河野通有 伊予水軍の挽回狙い、元軍を相手に奮戦
幸徳秋水 明治の不平を凝縮、アナーキストは大逆する
関 寛斎 幕末・維新の名医、徳島で仁術を実践
源 義経 母と愛人の故郷で得意の奇襲〝屋島攻め〟
水野広徳 軍国主義に幻滅、日米非戦を唱える海軍大佐
田中英光 恋に酔い小説に酔った「オリンポスの果実」
北条民雄 二十歳で癩病、「いのちの初夜」の生と死
静 御前 義経の愛人は生きのびて母の郷里へ
大和田建樹 懐かしいあの歌は宇和島の〝神童〟の歌
浜口雄幸 高知の生んだライオン、清貧の〝朴念仁〟
山下奉文 マレーの虎、ついに故国を踏めず
板倉タカ カラユキさんを見守り、マレー半島で布教
木村久夫 シンガポールからの〝わだつみの声〟
岩本千綱 日本開国期にアジアの奥地へ探検行
岡田勢一 沈没船引き揚げ、船大工から運輸大臣に
政尾藤吉 シャム国の近代化に人生を捧ぐ
乃木希典 師団長が演じた「妻返しの松」
板東収容所 ドイツ兵捕虜がつくったドイツ村の遺産
松山収容所 日露戦争の捕虜景気にわいた〝ロシア町〟
野中兼山 土佐改造に燃やした悲劇のエネルギー
三原 脩 野球の魔術師、三千二百四十八試合
一 茶 月朧よき門探り当てたるぞ
生田花世 「容貌美ならず。世に尽くすべし」
タカクラ・テル 「モシ死なば、多くの実を……」農民運動家
岡田かめ 「一太郎やあい!」、軍国の母にさせられて……
井上正夫 「六十年、化けそこねたる男かな」
菊池 寛 〝図書館の虫〟から文壇の大御所へ
鳥居龍蔵 独学の人類学者、妻子も伴って未開地を探検
丸山定夫 新劇の団十郎、原子爆弾に死ぬ
西嶋八兵衛 〝治水の神〟はいり豆かじって、ため池築造
中江兆民 東洋のルソー、癌と闘い「一年有半」
お松大権現 おうじん猫は訴訟の神様
井上 通 「男子に候はば英雄とも……」讃岐の才女
森 恒太郎 盲人村長、一粒の米となって奮闘
槙村 浩 権力が恐れた反戦革命の詩人
関 行男 神風特攻隊長の悲しき「軍神の母」
小 少 将 戦乱の世を美貌で綱渡る妖婦
棚次辰吉 日本一の白鳥手袋を作った男
中原淳一 日本の少女の瞳を三倍にした男
高群逸枝 愛に苦しんだ娘巡礼は女性史学者に
徳冨蘆花 日本最大の告白家、今治で誕生
崇徳上皇 八百年の怨念をこめる雲井の御所
江藤新平 国事犯の四国逃亡記録
日柳燕石 博徒にして勤皇の詩人、高杉晋作かくまう
山内一豊の妻 一通の手紙で土佐二十万石を獲得
山崎宗鑑 讃岐に「下々の下の客」で三十年
兵頭 精 日本で初の女性飛行士、人生飛行に失敗
黒岩涙香 明治の世に、庶民の文化革命家
藤堂高虎 戦国の風見鶏は、体に無数の傷あと
林 はな TVドラマで脚光、ドイツに因縁の女の一生
島木健作 北から来た人の「生活の探求」
藤原純友 官僚から海賊大将軍へ、中央に叛旗
鳥居耀蔵 〝妖怪〟奉行、二十二年間の幽閉日記
山田 敬 「立川文庫」は、母子兄弟の家族工場から
樫尾忠雄 「電子立国」の高知四兄弟
池田勇人 全身白衣の病人遍路、やがて日本の総理に
H・アイザクソン 子規が呼んだアメリカ人夫妻
あとがき
【発行】セーラー広告株式会社
【著者紹介】
〔著者〕
早坂 暁