近世末期から近代における町の仏事儀礼と供応食の展開 東讃岐引田村の仏事史料の検証から
ISBN:9784863870901、本体価格:5,000円
日本図書コード分類:C3021(専門/単行本/歴史地理/日本歴史)
296頁、寸法:158×219×24mm、重量534g
発刊:2017/12

近世末期から近代における町の仏事儀礼と供応食の展開 東讃岐引田村の仏事史料の検証から

【はじめに】
 地域の食文化解明の一つの手法として、冠婚葬祭の儀礼の食事記録などによる調査研究は有意であると考えられる。史料の多くが庄屋など上層農民による私的文書であり、これに由来する階層の偏りなどはありつつも、社会史、生活史なども含め広く地域の生活文化の解明に寄与すると考えられる。
 これら儀礼に付随する供応食に関しては、これまでに食文化はいうにおよばず民俗学、歴史学などにも多くの研究の蓄積がみられる。しかし、管見ながらこれらは概ね儀礼および供応食を個別に扱った研究が中心を占めてきたといえる。少なくとも、儀礼を供応食の根幹に位置付け、儀礼と供応食を一体のものとして検証することにより、その背景、成立の要因、過程、特性などを明らかにする試みは未だ十分とはいえない。
 すなわち、儀礼の供応食は儀礼を構成する諸相の一部であり、儀礼の目的、機能を補完、具現化するとした立場に立脚した、儀礼固有の供応食の検証はなされてこなかったと考えられる。儀礼は地域の風土と文化の影響をうけて成り立つものであり、これの解明は背景としての社会の有り様とは不可避の関係であり、儀礼の食もまたこれを反映するといえよう。
 本稿では、東讃・引田地域の町場・在郷町における、葬祭、婚礼など慶弔の儀礼のうち仏事儀礼を取りあげる。仏事儀礼は史料の性格から最も日常生活に近く、さらには、量的側面からは史料が比較的多いことが特徴とされる。これら儀礼の有する特性を踏まえ、儀礼および儀礼固有の供応食について地域性および時代の変容などの調査を実施し、近世から近代における引田の食文化の一端を解明したい。
 原田信男氏は江戸と地方の料理文化研究について、従来は、「大都市しかもその一部における料理文化の在り方を一面的に摘出したにすぎず、社会史的な背景を考慮しつつ料理文化を相対比させ文化史の中に位置づけては来なかった」と述べる。また「地方の農民の食生活、さらには彼らのハレの場における食事が、その時代の料理文化とどのように関わってきたかについてもほとんど問題にされず、歴史学では史料不足を理由としてか全く扱わず、民俗学には農村の食生活に関するデータはあるが都市への視点が弱く、料理文化との関連は無視されたままである」と課題を提起している。年代的にはいささか遡る論攷ではあるが未だ指摘された課題に残された部分は多く、殊に地方においては筆者の自戒も含めてさらなる研究が待たれる。

【あとがき】
 2011年、前著「近世から近代における儀礼と供応食の構造―讃岐地域の庄屋文書の分析を通して―」を上梓して以来、次の研究について模索していた。主題は前著で書き切れなかった仏事儀礼をまとめることと決めていたが、調査地については従来の農村部とは異なる新たな地域選定に悩んでいた。とそんな時、何気なく木原溥幸先生(元香川大学教授・元徳島文理大学教授)にうかがったところ「港」をお薦めいただき、これがその後の「引田」通いの契機となった。はじめて、藤本正武・正木英正両氏のご案内で引田を訪れた時の何とはなく懐かしいような雰囲気は今も忘れられない。ほの暗い小路をぬけると急に目映い海が広がり風が吹き抜ける。そこは文字通り風の町引田であった。日下家、佐野家・井筒屋の昔ながらの門構え、威風堂々辺りを払う積善坊など、そこには史料の時代そのままを残す引田があった。
 はじめは、地域を「港」に設定し、仏事儀礼の農村部との地域差をと目論んだが、史料を読み込むうちに、近世以来、引田村の一部に形成された「丁・町(在郷町)」に興味が移り、結果これを主題として本著はなっている。
 ただし、従来の農村部とは異なる町場の調査は、何もかも一からの手探りで戸惑うことばかりであった。恩師、山中浩之先生(元大坂府立大学教授)には、本著の元ともなる2014年の投稿論文「引田村・在郷町商家における仏事儀礼と供応食―背景としての地域性―」(『香川県立文書館紀要』第18号)において、在郷町他の基礎的な知識について厳しいご教示・ご指摘をいただいた。本著にご指導の成果は覚束無いが、今はただ感謝の思いで一杯である。
 本著がなる過程において以下の両先生にご指導を賜った。江原絢子先生(元東京家政学院大学教授・元日本家政学会食文化研究部会々長・和食会議副会長)には前著に引きつづき構成その他についてご相談をさせていただき、研究過程の折々にも貴重なご助言をいただいた。今田節子先生(元岡山大学特任教授・元ノートルダム清心女子大学教授)とは、毎月の研究会で研鑽をともにしてきた。特にここ数年来は互いに出版を目標にしつつ励ましあってきたことが、ここまで続けてこられた大きな原動力ともなっている。
 なお、故徳山久夫先生(元瀬戸内海歴史民俗資料館主任専門職員・元引田町歴史民俗資料館々長)は、研究に最も重要な史料収集に関してご指導をいただいた。1892年はじめて瀬戸内海歴史民俗資料館にうかがって以来、2010年先生がご逝去されるまで、本当に永きにわたり研究を見守り支えていただいた。ここに記して感謝を申しあげます。
 引田研究の事始めは、まず全く未知であった引田を知ることと、同地の歴史研究会「昔を知ろう会」にも参加させていただいた。同会は、山西仁(会長)・藤本正武・正木英正・木村篤秀・長池武・猪熊全徳の皆様による少数精鋭の会で、毎月の例会では互いの研究分野の調査、報告などを行っていた。突然加わり、食文化という大方の男性諸氏に不案内の調査研究にも何くれとお付き合い下さった。はじめの印象どおり引田は江戸と明治が色濃く残る地であり、この会で史料のなかだけでは理解しえなかった多くの生きた情報をお聞かせいただけたことは誠に得難い体験であった。2013年以来約四年間の特急列車での引田通いは、私にとってはささやかな旅でもあった。楽しい会のお仲間に加えていただき本当に有り難うございました。
 また、同地の東かがわ市教育委員会副主幹の萩野憲司氏からは関係史料の収集その他で多くのご協力とご助言をいただいた。記してお礼申しあげます。
 本著に主史料として使わせていただいた佐野家・日下家・山口家の各家および関係の皆様に対して衷心より厚くお礼を申しあげます。
 なお、山口家については、佐野・日下両家に比べて史料が僅かであり、山口家に関して何か手がかりをと、かねて消息を尋ねていたところ、本年(2017年・夏)、「昔を知ろう会」会長の山西仁氏のお骨折りで、山口慶子氏にお目にかかりお話をうかがうことができた。思い出話の数々に史料の山口家が重なり、幾つかの疑問についてもご教示いただけた。ご報告申しあげお礼にかえさせていただきます。
 この度も、破損、散逸などが危ぶまれる貴重な古文書類の閲覧、掲載などを快く許可して下さいました以下の関係機関およびお世話になった各館の皆様に厚くお礼を申しあげます。
 「香川県立ミュージアム」
 「香川県立ミュージアム(分館)瀬戸内海歴史民俗資料館」
 「香川県立文書館」
 「東かがわ市歴史民俗資料館」
 ご多忙のなか史料解読のご指導をいただきました岡田啓子先生にお礼を申しあげます。
    2017年12月   秋山 照子

【目次】
 はじめに
 史料
 [佐野家文書](一)
 [日下家文書](二)
 [山口家文書](三)
第一章 引田村・町場の景観と特性
 第一節 近世末期から近代における引田村
 第二節 佐野家・日下家・山口家および相互の関係
  一.佐野家
  二.日下家
  三.山口家
  四.佐野・日下・山口三家と階層
第二章 引田村・町場(在郷町)における仏事儀礼の形態―暮らしのなかの仏事―
 第一節 仏事参詣客の特定
  一.佐野家
   補遺 寺院および布施
  二.日下家
  三.山口家
 第二節 地域(丁・町)と仏事
  一.佐野家
  二.日下家
   (一)丁(町)と大庄屋日下家仏事
  三.山口家
   (一)丁の膳
 第三節 仏事到来物・香料と供物の推移
  一.佐野家
   (一)金銭贈与(香料・供料)
   (二)物品贈与(供物)
  二.日下家
   (一)金銭贈与(香料・供料)
   (二)物品贈与(供物)
  三.山口家
   (一)金銭贈与(香料・供料)
   (二)丁(町)の人々と金銭贈与(香料・供料)
   (三)物品贈与(供物)
 第四節 仏事到来物と饅頭
  一.仏事到来物と饅頭
  二.佐野家
  三.日下家
  四.山口家
 第五節 仏事贈答と階層・双方向からの検証
  一.佐野家と日下家
   (一)佐野家から日下家へ
   (二)日下家から佐野家へ
  二.佐野家と山口家
   (一)佐野家から山口家へ
   (二)山口家から佐野家へ
  三.日下家と山口家
   (一)日下家から山口家へ
   (二)山口家から日下家へ
第三章 引田村・町場における仏事供応食 はじめに
 第一節 出膳数
  一.佐野家
  二.日下家
  三.山口家
 第二節 献立構成
  一.佐野家
  二.日下家
  三.山口家
  四.参詣客の上・下分の格付けと供応食の格差
 第三節 料理・食品
  一.宵法事
   (一)麺類膳
   (二)「引替膳(佐野家)」「膳(日下家・山口家)」
  二.本法事
   (一)「朝(佐野家)」「朝・非時(日下家)」「正直(山口家)」
   (二)時・斎
   (三)酒肴の部
   (四)宵法事・酒肴の部
  三.中陰の供応―日下家―
  四.山口家「正直」・「茶米(ちゃごめ)」にみる郷土料理の地域性と伝承
   (一)茶米の実態と地域性
   (二)茶米(奈良茶米)と茶菓子(奈良茶菓子)-徳島の茶米-
   (三)茶米・奈良茶米・茶菓子・奈良茶菓子の普及と伝承
 第四節 台所向役割
  一.佐野家
   (一)料理人他
   (二)給仕人
  二.日下家
   (一)料理人
   (二)膳椀方
   (三)給仕人他
  三.山口家
   (一)料理人他-料理人不在-
補遺 仏事供応と酒(佐野家)
  一.佐野家仏事と酒
  二.酒の使用量
  三.酒の価格
終章 町場の地域性と山口家・中層の意義

【著者紹介】
〔著者〕
秋山 照子